大政本店のご紹介 一流料理人も惚れた
大政の茹で蛸
 
 
  一流料理人も惚れた大政の茹で蛸  
 

つきぢ田村
大政の蛸は、「使わせていただく・・・」という心構えです。
田村隆さん 「つきぢ田村」
田村隆さん
1957年「つきぢ田村」の長男として生まれ、現在は築地2丁目の本店調理場の最前線で腕を揮う一方、一般に向けた食の伝承にも力を注いでいます。

湯気もごちそう・・・秘話
田村隆さん
「4年前、大原弁当というお昼のお食事をご提供することを考えていて、そのとき一番大切にしていたのが『湯気の立ったお弁当をお楽しみいただきたい』ということだったんです。朝、築地市場で大政の親父さんにもそんな話しをしていたら、お弁当デビューの初日に大政の親父さんがご夫婦で来てくれました。うれしかったですね。」

つきぢ田村の手
つきぢ田村の手 この手が、素材に「つきぢ田村の心」を吹き込みます。
「日本料理は切るだけだから」と謙遜する田村たかしちゃんの手。僕が昔から親指だけの手と呼んでいる(ゴメン!)この手が、日本の伝統文化を守りながら新たな模索を続けています。
対談風景
私、小槻と田村隆さんは、「たかしちゃん」「よしおちゃん(自分でいうと恥ずかしい!)」と呼び合う仲。うちの蛸ってどこが良いの?なんて改まって聞くのも照れくさいものですが、タカシくんは大真面目に答えてくれ感謝、感謝です。
田村:僕は子供のころから大政のたこを食べて育ってるから、このさくっとした歯ざわりや味しか受け付けないんだよね。子供のころの美味しい記憶は正直だから、妙に柔らかいたこは拒否反応になってしまう。
大政のたこは手間暇かけたその作り方に頭が下がるし、また「うまい餌があるところじゃないと良いたこが育たない」という親父さんの考え方もとても良くわかる。
僕の仕事も含め「昔の味を保つのが大変な時代」、大政のたこは使わせていただくという心構えでお客様にご提供しています。
蛸のお造り 右:蛸のお造り

大政の蛸はそのまま召し上がっていただきたい との考えから、手を加えずお造りに。ガラスのプレートの下に仕掛けた手作りの豆電球で、幻想的で美しい一皿に仕上げています。

蛸の柔から煮 右:前菜(蛸の柔らか煮)

口に入れると、驚くほど柔らかく煮付けられた蛸。えび、牛肉のねぎ巻きと一緒に前菜でお楽しみいただく一品です。


大政の顔 蛸の大政の顔としてあちこちに登場しているこの墨絵の蛸と屋号。
実は、田村隆さんのお父上・田村暉昭(てるあき)氏が描いてくださったものです。

蛸墨絵 本物は決して可愛いとはいえない蛸ですが、おかげさまで大政の「顔」として皆様に褒めをいただき親しまれています。



旬香亭
「旬香亭」 斉藤元志郎さん
斉藤元志郎さん
1953年静岡生まれ。仏の三ツ星レストランで修行を積んだ、アイデアあふれる小皿料理の名人。NHK今日の料理等に出演。

1972年三井倶楽部へ入社し、山越徳玄氏に7年間師事。退社後、都内洋菓子店研修を経て渡仏。数々の三つ星レストランで5年間の研修ののち、四谷のオーベルジュ・ド・プリクール、熱海のラ・ルーヌで料理長を務める。1995年、静岡に「ぐりる旬香亭」を独立開店。1997年「旬香亭」として赤坂へ移転、お箸で食べられる洋風小皿料理が人気を呼ぶ。1998年には赤坂、アークヒルズに「旬香亭グリル」をオープン。2003年赤坂プレデンシャルタワー1Fに洋食とんかつ「フリッツ」をオープン。
蛸のアイオリソース蛸のリゾット
色鮮やかなお野菜を使った華やかな一品、たこのアイオリソース。大政の蛸をふんだんに使ったリゾット。

27年目の巡り合い・・・・・大政の蛸

どうしてうちの蛸なんでしたっけ?と改めて聞いたところ、「美味しい蛸をずっと探してたんだよね。」と斉藤シェフ。

お店のプロデュースだけでなく毎日厨房に立つ斉藤シェフは、築地市場での仕入れも日課です。斉藤シェフが築地市場に通い始めて27年目に巡り合ったのが大政の蛸と聞けば、こんなうれしいことはありません。蛸屋冥利に尽きます。
斉藤シェフの大政の蛸への評価は、切ったときに水分が少なくて、旨味があること。これもまたうれしいですねぇ。
美味しい蛸にこだわるのも、得意の地中海料理に欠かせない素材だからだそうで、上の写真のお料理のほかにも人気NO1の「タパス」や「たこのガルシア風」などたくさん。みなさんも旬香亭で蛸のお料理を楽しんでみませんか?
対談

斉藤シェフ:
「最初に大政さんに行ったら、田村さん(つきぢ田村の隆さん)が居て、次に行ったら明治屋さんの社長がいる。何だこの店って思ったよ(笑)」

小槻:
「うちは親父が名物がんこ蛸屋ですからね。時代が変わっても美味いもんは変わらないんだ!って(笑)。」